Armored Variable

【オリジナル小説】”Armored Variable” Chapter1-1『五〇億バベル』

いらすとや万能説。

どうも、書い人(かいと)です。

昔の記事『妄想』として書いた小説です。

執筆の目処が立って、現実味を増してきたので、不定期ながらも書いていきたいと思います。

アーマード・バリアブル、略すな危険。

Chapter1 “Babylon’s Pentagon”

第一章 『五〇億バベル』

つまらない仕事だった。が、安定した収入源に対しての文句はない。
シンは黒髪黒目、中背で体格は筋肉質なほうで、骨格もしっかりしている。健康体だ。
新規の都市開発での警備の仕事だった。少人数というほどでもないが、一〇人程度を入れ替わり立ち代わりで二四時間、周辺区域の警備をする。
シンの民間軍事会社(PMC)の規模なら、十分に単独でカバーできるほどの仕事だし、他のPMCの介入や参入が起こっても、仲違いしないように上手くやるつもりだった。結局、ほぼシンたちのPMCの独占というか単独で終わったので、無用な心配だったのだが……。
シンが社長を務めるPMCは、バビロン市の新興のPMCとしては最大手になる。
社員の平均年齢は二〇代前半、十代後半の人員も多い。社長のシンも、僅か一八歳だった。

バビロン市は、中東の赤道付近に位置する大型都市であり、周囲には四カ国が隣接している。
その四カ国の緩衝地帯として設けられた、相当に意図的に都市開発が行われた街になる。
中枢・中心部には高級住宅街やカジノ、ホテルが立ち並び、観光客や富裕層は日々、大歓迎されている。
しかしそんな場所から一歩足を踏み出すか、踏み外してしまえば、スリ、強盗、マフィアの抗争に警察の介入など、
犯罪、凶悪犯罪、紛争沙汰に巻き込まれることは大いに有り得る。部外者の民間人など、利用されるか、放置されるか、流れ弾に巻き込まれて死ぬか、が命の相場だろう。
一発当たり数十バベル、弾頭重量は数グラム程度のライフル弾で、あっさりと人は死ぬ。
缶ジュースを飲むよりも手軽な話だ。しかしそれは、命が安いわけでも軽いわけでもないのだ、とシンは思う。

シンたちPMCのメンバーが詰めているのは、バビロン市の建設・発展初期に建てられた、真っ黒な外壁のビル。
通称『黒(くろ)ビル』だった。
現在は建物丸ごとシンが借り受けている。バビロン市中心部へのアクセスが悪い、ビル周辺の治安が悪い、建物そのものも少し古いし、何回か『物騒な事件』も起きている、そういった理由でシンは家賃の交渉を十全に行うことができた、というのはちょっとした彼の誇りだった。
戦闘員のみで、四〇名超。事務員や社内『食堂』などの係を含め、累計五〇名前後か。
武装は軍用ライフルにロケットや爆発物、装甲車を含む、武装化車両が複数台など。
練度については、『ストリート・ギャングに毛が生えたようなもの』とシンは軽く思っているが、シンや部下同士の連携は取れているのだった。
そんなシンの元に、一人の少女が駆け寄る、というよりも走ってきた。
経理を任せている赤毛の少女なのだが、血相を変えていた。
「大変です!!」
「金銭トラブルか何かか?」
ありえそうな問題を予想して、シンは答える。
「それが、誤送金だとは思うのですが……」
アルバは息を大きく吐く。そして荒れた呼吸を整えるために、大きく吸う。
「続けていい」
「五〇億バベルが、メインの口座に入金されていました!!」
「……。
ふむ」
シンは、冷静だった。
無論、心当たりはない。
「振込元は?」
「アビス……、アビス・ドレッドノートです!!」

アビス・ドレッドノート。
シンの中では、要人の一人だった。とにかく金払いの良い優良顧客で、見知った当時はギャンブラーだったが、その後の会話では、株式投資でとっくに億を超える金(バベル)を稼いでいるらしい。
アビスからは、ちょっとした『危険地帯』への通過の仕事を依頼され、護送したことが何回かあるのだった。バビロン市は空港の周辺一帯や政府機関(いわゆる『~部』や警察署)の集中する場所以外は、まあまあ治安が悪い。
元からバビロン市の中枢・中心部の住民に観光客、そう言った土地勘のない者にとっては市内の移動は辛いものがあり、シンたちPMCの出番となる。
土地勘がないものは、金銭感覚もない者が多く、一言で言えばぼったくることができる。
アビスもその一人だった。

軍用の四輪駆動車一両が、黒ビルの近くに停車する。非武装だ。
偵察や敵対的な組織か勢力の『挨拶』でも、もう少しまともな装備を用意するだろうとは思う。まあ、不審なのは事実ではあった。
「シンに仕事を依頼した、アビス・ドレッドノートという者だ」
サングラスを外した女は、少女と言っても伝わるようなスレンダーかつ若い、エネルギッシュな感じに見えた。さらに言えば、利発そうでもある。短めの黒髪に、灰色の目だった。
『武装は解除させろ。その後は俺のところにまで通していい』
シンから言われた通りにする、警備の者たち。チェックポイントは通過した、というところか。
オフィスビルの部屋の一角の執務室に到着したアビスは、唐突にひれ伏し、土下座の姿勢を取る。
あまりの勢いに、警戒すらしてしまったシンや周辺の少年兵たちだった。
「頼む、私を助けてくれ!
バビロンの外へ、脱出したい!!」
数秒の沈黙の後で、
「……話を、聞こうじゃないか」
報酬は、前払いが全額で、五〇億バベル。
どう考えても破格なのだが、むろん嫌な予感も破格だった。
命綱なしの綱渡りを、全力疾走で行うようなものだろう、それは。
シンは後に、そう語ることになる、

話は半年以上前にさかのぼる。
アビスはその資産運用能力――投資家になって僅か数年で数十億バベルを稼いだ正真正銘の天才、ド級の実績を見込まれ『ある組織』から資産運用を任されていたとのこと。
ある組織――組織名、『バビロン市の五角形(バビロンズ・ペンタゴン)』、略称はシンプルに『BP』。
五〇億バベルの振込がなければ、単なる陰謀論としか思えない話がアビスの口から紡がれていく。
市長、カーミッド。
軍司令官、アレックス。
警察署長、スタール。
カジノ・ホテル王、ミシェル。
最大規模のマフィア、ザイル。
五人揃って、バビロンズ・ペンタゴン……という組織があるのだそうな。
警察署長とマフィアが手を組んでいる時点で、とんでもないのが現状だと言わざるを得ない。
確かにシンも薄々勘付いていたところはある。
そもそもマフィアと警察の癒着の噂の話は古く、バビロン市が出来上がった当初から、本物の陰謀論も含めて出尽くした感のある話題ではある。
単なる作り話(ストーリー)と一笑に付すには、取り除けない話題ではあるのだ。
「興味深い、続けてくれ。
五〇億バベルの物語を」
今から十年以上前にバビロン市ができた、その過程、最初期からこの陰謀論めいた組織は存在したのだという。
少なくとも、アビスが握った情報と、その口から零れ出る言葉としてはそうだった。
アビスは違法なインサイダー取引を含めた世界中の株式への投資行為、
組織全体の力関係の調整――具体的には、軍や警察の装備をマフィアやギャング、PMCに横流しを直接、ないしその根回しをすることでBP全体の利益を確保する。
この二本柱で動いており、アビスは決して影響力の弱い関係者ではなかったという。
……よりにもよってそれらの『収益化』と『バランス調整』を、厳重な警護下の警察署内でやっていたというわけだ。
アビスらBP、以下の最低な数々の行動はさておき、シンは疑問を口にしていく。
同じ話を聞いている仲間にも疑問符はあるはずだ。そこに配慮して、質問はシンがする、というわけだ。
「……インサイダー取引、か。難しそうだな」
そうでもない、とあっさりとアビスは否定し、続きの言葉を紡ぐ。
「株価が上がるか下がる会社を事前に知っておく。本来は非公開情報だ。
最も値動きが激しくなる時期を見計らって株の売買取引を行う、儲かる。
これだけだ。簡単すぎるぞ」
「簡単すぎるな」
あっさりと首肯するシンだった。まだ疑問顔の身内もいるが、一旦はさておく。
分からなくても大問題であることくらいは、あらためて確認しておく。
「いいのか? そんなに簡単で?」
「いいんだよ、犯罪だから」
あっさりと手品の種をバラすような口ぶりで、そんな風に言うアビスだった。
「警察署内で、インサイダー取引。
事実なら、国際社会から非難されても仕方がない大型爆弾、醜聞の火種だな」
そことなく、事態の深刻さを皆に知らせ、アビスと確認を取るシンだった。
「それで、俺たちに泣きついた本当の理由は何なんだ? ちょっとした問題なら、簡単に揉み消せそうな権力の中枢に居たんだろう?」
「一言で言えば、BP全員の仲違いが起きたの。
今は独り勝ちを目指す、独占ゲームの真っ只中。バビロン市全体を火の海にしかねないモノポリーが絶賛開催中なの」
「権力に塗れた人間の末路らしいな。
具体的な状況を詳しく聞こう」
アビスは一度ため息を吐き、口を開く。
その正座そのままの体勢は苦しくないのだろうか? とシンは思うが、本人が動く素振りを見せないので、そのままでいいかとも思った。
「全員が全員、クーデターを狙っている。バビロン市の人口は五〇〇万人。ちょっとした小国規模だ。これが国家の樹立を狙っているわけだが、現在の動向、及びその後の話でBPの五人組が大揉めしたの。
バビロン市自衛軍(シティ・アーミー)の内部でも市長派と軍司令官派に大きく別れ、警察署長側や、ホテル王のPMCあるいはマフィア・ザイルの私兵に合流しようかという『無派』まで出てきている。
誰が勝つかは、私には分からなかったし、もう逃げようと思ったの。
まったく。インサイダーなんて、するんじゃなかった」
再びのため息。
「まあ、すぐにでも、BPの息のかかっていない警察の末端や、報道組織とコンタクトを取って、例の火種を炸裂させたいところだ。場を撹乱して、その間に街から脱出をする」
シンは、そう言い切った。
「だが、あいにく、その手のツテやコネが私にはない」
「まあ、無駄に正義感のある警察とのコネクションやリンクは、腐れ縁として持っているな。
どうするか、だが……」
そこで、最上階から監視任務に就いている副社長のダニーから連絡が来た。
いずれにしても若い。まだ二〇歳の青年だった。
「社長(ボス)、幾つかの武装集団(グループ)が、このビルを囲むように進行中です。
規模は――歩いている歩兵が二〇人程度、武装したピックアップトラックなどが八台です。車両にも歩兵を載せているので、実質四〇人ほどかと。
指示を」
シンは冷徹、冷静に指示の言葉を紡ぐ。
「とりあえず、この場を守るぞ。防衛戦だ。
攻撃してきた時点で敵は皆殺しでいい。追加の戦力がキツイようなら、脱出も考える。
俺はバリアブルで出る。状況開始だ」
武装した兵士が次々に配置に付き、シンはさらに細かい指示を出していく。
「バリアブル、だと」
アビスは、驚きの声を上げた。
地下一階の駐車場に向かいながら、シンはアビスに向けて親指を立てる。
バリアブル。
世界最先端の、有人ロボット兵器の名称だ。
シンは、少しだけ胸を張って歩いていく。
「驚いたか。怪しいツテで、おそらくは軍と警察あたりから三機のバリアブルを購入できたんだ。
相手も横流ししたは良いが、保管に困っていたらしい。相当、値切らせてもらったよ」
「あーそういや、力関係の『調整』で何機かのバリアブルを、軍から横流ししたんだったっけ」
『お前かい!!』
シンを含め、何人かのPMC社員が言葉をハモらせる。詰まらせる者もいた。
「思わぬところで、繋がっているものなのね……」
「ほぼ首謀者がなにを……」
諦めの口調で、シンは駐車場へと早足で歩き、小走りにアビスも付いてくる。
「そうだな、アビスさん。貴方はこの場で待機するように。警備の者を付け、タフ・モバイルも渡します」
旧式の携帯電話を重々しく、そして言えば、『ゴツく』した軍用無線機の電源を入れて、アビスに手渡しておく。既に、地上通信の味方の周波帯に合わせており、要するに地上における送受信機(トランシーバー)となっているのだ。
「無線機はそのまま、触らないように。
敵は撃滅し、危険なようならすぐに脱出の手はずくらいはできますので。見張りも兼ねて、警備を付けます。……勝手にバリアブルにでも乗られたら大変だ」
「乗りたかったなあ……」
悪趣味な冗談、程度に受け流すシン。さらに、衝撃吸収性能の高い操縦服を着込んでいく。
さらに操縦服の上に、専用のタクティカルベスト形式の装備を重ね着のように取り付けていく。防弾機能の強化や、予備弾倉や手榴弾(グレネード)、タフ・モバイルをしっかりと取り付けられる仕様だ。正直、軍隊のバリアブル操縦者となにも変わらない装備になる。
バリアブルそのものは、装甲車以上戦車未満の強度を誇る装甲で覆われた、直径三メートル弱のコックピット、正式名・『コア』の部分を中心部分に持つ。
そして、複数のパーツの組み合わせで完成され、多数の各パーツ類が互換可能な有人ロボット兵器になる。互換可能、というわけで、非常に簡単に各種パーツや予備パーツを取り付け、変更、様々な戦場への適応が可能なのだった。
二足歩行(二脚)型で、手・腕部パーツや肩部パーツに兵器を持たせたり、積んだりできる。
最もオーソドックスな組み上げ(アセンブル)方式であり、操縦方式では人体の動きを再現できるために、乗り込んで動かすのは比較的、簡単な方だ。
多脚型は文字通り複数の脚部で姿勢を低くし、高速での移動が可能な昆虫や蜘蛛のような見た目のアセンブルになる。
背部に大口径の狙撃砲や機関砲、擲弾発射器(グレネードランチャー)に迫撃・榴弾砲、ロケット・ミサイルランチャーなどの兵器を載せる、さながら『柔軟な戦車』といったところだ。
ただし、多脚型の操縦にはかなりの『慣れ』が必要とされ、シンたちも採用していない。後方支援で砲撃する程度なら扱えるが、イチPMCがどうこうできる戦力規模ではないだろう、とシンたちでも思っている。
バリアブルの強みは、もしパーツの一部が破損しても、コアと操縦者(パイロット)が無事ならば破損部位の交換や弾薬の補充をすれば、すぐさまに戦場に復帰できる点にある。
バリアブルは現代社会においては市街戦を中心とし、様々な戦場に適応している兵器になる。
時代、そして技術の変化に進歩、というやつだろう。
「バリアブルは俺とダニーが操縦する。まともに動かせるのは。まだそれくらいだからな。
とりあえず、残り一機は予備だ」
無塗装の、鋼の色をした五メートルの中心部を開いて、シンとダニーは入り込む。アビスはいろいろと感想か何かを言いたげだったが、これから戦闘――殺し合いが開始されることは明白だったので、流石に空気を読んで黙ったようだ。
OS(オペレーティング・システム)が起動する。コア内部で発光。
水素電池はほぼマックス、充電は完了されている。駆動、問題なし。
ダニーと、お互いの駆動に問題はないかチェックする傍ら、シンは戦線の配置や敵味方の攻撃の開始が秒読みになったことを悟った。
敵の着弾、正当防衛の成立を確認したシンは、
「撃て」
攻撃宣言を出した。
シンの指示と共に、ガレージ内にも振動と、主に開け放たれた入り口の方面から爆発音が入り込んできた。
敵部隊に着弾した兵器は、RPGの弾体。
再装填・再利用が可能なロケットランチャーの一種になる(厳密には兵器のカテゴリーが異なるのだが、細かいのでさておく)。
くぐもった発砲音が鳴り響く。アビスが恐怖を強める頃には、二機のバリアブルは駆動し、戦場へと飛び出していた。
五.五六ミリ、七.六二ミリ、一二.七ミリ、様々な種類の、そして膨大に生産され決まりきった型の弾薬が戦場を飛び交い、挟撃を受ける二方向に、シンとダニーのバリアブルがそれぞれ大急ぎで、かつ慎重さは失わずに向かう。
「俺が一旦盾になる、その間は信じるぞ」
シンは、危険性の高いであろう役目をリーダーとして引き受けた。最も敵が集中する地点にまで走り、跳躍し、敵の頭上へと発砲する。
高脅威目標――ロケットランチャーの射手と重武装の車両を、二足歩行を行うバリアブルがその右手に持つライフルに似た形の、三〇ミリ機関砲で粉砕する。
秒間、一〇発。
相手の車両に貼ってある、高初速の歩兵用小口径ライフル弾が貫通しないような処置であろう装甲板(プレート)も、あるいは敵戦闘員のタクティカル・ベスト、ボディアーマーなども、全てが何の意味も為さない。
シンのバリアブルの持つ三〇ミリ機関砲は、自身と同じバリアブルや装甲車両、武装ヘリコプターなどを簡単に粉砕する威力を持っている。
一通り目標を破壊し終え、そして残った兵器など、バリアブルの装甲の性能の前には、豆鉄砲に等しかった。
そして相手はまんまと術中に嵌った。
その無意味な豆鉄砲たちを、一斉にシンのバリアブルに向けて発砲し始める。
この数秒の隙で、敵戦線は壊滅した。
シンの後方、黒ビルからは狙撃、機関銃のライフル弾。そしてロケットが放たれる。
さらに、地上のPMC部隊が徹底した制圧射撃を行った。
敵兵が危険度の思考の切り替え・更新を行おうとする前に、一人も残らず、彼らはこの世から抹殺された。
さらに、逆方向。
敵のロケットに対し、ダニーのバリアブルは回避行動を取る。シンの裏側では、ダニーが序盤の先制攻撃を、少しだけしくじったのだ。大柄で剛毅な見た目に反し、ダニーはやや慎重すぎる性格で、狙撃兵や待ち伏せには向いている。しかし、今回の対奇襲戦のような混戦への対応については、やや課題を残していた。
疾走する、シンのバリアブル。急がねば、味方が死ぬ。
容赦なく回ってきたシンが、敵戦線を横殴りにする。いわば、強襲だ。
山なりの、曲射弾道を描いて飛ぶ、ライフル型機関砲の下部に装着(マウント)された擲弾発射器(グレネードランチャー)の炸裂弾頭が、着火した発射用火薬の力で射出される。
歩兵が扱う弾頭のサイズの二倍はある、迫撃砲弾のようなグレネード弾が、敵のほぼ中心部の地面に着弾。破裂。死の破片を撒き散らす。
あとはひたすら銃砲撃で殲滅してしまうのみである。
「制圧を確認。
損害を報告しろ」
シンは、このときが一番緊張する。自分自身は無傷、バリアブルも損耗はごく軽微。だが、味方の部下、仲間が死ぬのは心から辛いのだ。
しかしゼロ、ゼロ、ゼロ、と地上部隊の二箇所とビルから声がする。
転んで擦りむきましたー、というお調子者の声で、ようやくシンは笑った。
「ダニー、警察の対応は一旦任せる。引き留めておいてくれ。
例のあいつが来た場合は、特に!」
「『アモルド』、ですね」
「そうだ。
あいつの正義感は鬱陶しかったが、今このときなら役に立つはずだろう」

シンはバリアブルを地下の駐車場に待機させ、アビスの元に駆け寄る。
やや血の気が引いている感はあるが、銃砲撃の音を生々しく聞いた非戦闘員なのだから、その反応は致し方あるまいとシンは思った。
「知ってのとおり、敵部隊は殲滅しました。都合上、敵兵は一人も生き残りませんでしたね。
雇われのPMCか、マフィアの鉄砲玉かはわからないですが、また来ることでしょう」
アビスはひとまずの安心からか、やや冷えた、暗めの駐車場内にしゃがみ込んだ。
心と状況の整理のために、彼女は口を開く。
「厄介だな。
警察署長(スタール)め、もう私兵代わりのゴロツキを送り込んで来たわけか」
「警察は、すぐに来るだろうな。
知り合いに正義感溢れる鬱陶しい奴が居るんで、そいつと上手く交渉を行いたい。
アビスさんも大事な証人だから、しっかりと話してほしい」
「問題ないわ」
即座に、アビスが応じる。

アモルドは、身長は一八〇センチ近くまであり、明らかに屈強そうな体躯で、事件現場に所属する警察官としては適任に見えた。
アモルドに対し、シンとアビスは詳細な事情を報告した。
警察とマフィアの完全な癒着、そしてそれが崩壊しつつある。
組織ぐるみの、インサイダー取引。
バビロン市が戦場になる。
「まさしく、アモルドさん。貴方自身の正義が揺らいでいる、由々しき事態で非常時なのです」
シンが、そう結論づけた。
アビスはこの短いやり取りで気づいた。
アモルドが正義感に溢れた、この汚職だらけのバビロン市警察の末端であることを、だ。
普段は冷淡なアビスですら、胸の一切が傷まなかったといえば、嘘になる。
「現場を指揮する一人として、見過ごせない案件だ。一切をな」
アモルドはそう言い切った。
「証拠もある」
アビスは自分が打てる、ほとんど最後の奥の手を、自身の肩からぶら下がったポーチから取り出した。単なるUSBフラッシュメモリだった。
「これを、貴方に差し上げます」
「これは……何かの証拠か?」
受け取ってから、そのUSBメモリを右手で掲げ、アモルドが言った。
「過去のインサイダー情報や、本物の取引内容。ダミー口座の中身のデータその他。
バビロンズ・ペンタゴンそのものの裏取引や勢力図・争いを、私が知る限りで保存できるだけ保存したもの。
杜撰(ずさん)な管理体制だったから、抜けるときに引き抜いておいて、正解だったわ」
アモルドは自身が受け取ったものが、どれだけ危険な情報記録媒体(メディア)かを理解した。右の指先とそれから全身を震わせた。

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